2013年6月14日金曜日

アイスアックスの研ぎ方


※本稿は2011/01/28に以前のブログに投稿したものの再々投稿です。
※諸般の事情により暫定的にこちらに移動させました。 図や文の再利用・引用等はご自由にどうぞ
※今となってはいろいろ思うところもありますが、内容自体はまったく変えておりません。

アイスアックスの 研ぎ方、 チューニング法についてよく言われるのは「ナイフのように」などといったきわめて抽象的なアドバイスであることが多い。もちろん尖らせておくにこしたこと はないのだが、望む結果を得るためにはどこをどう削るべきなのか、逆にどこを削ってはいけないのか、きわめて不完全で実証に乏しいことはあえて承知の上 で、わたしなりに若干の考察をしてみたい。

アックスとピッケル

英語ではどちらも”ice axe”となってしまうが、ここではピオレ・トラクションによる氷壁登攀を目的としたものをアイスアックス、いわゆる伝統的な用途に適したものをピッケル とさせてもらう。ピッケルの尖った方を”ピック”広がった方を”ブレード”と呼ぶのが日本では一般的と思うが、紛らわしくなってしまうのでここではどちら も”ブレード”と”アッズ”と呼称することとする。

上 に例としてBDのRaven UltraとViperの図を示した。例としてこの2つを挙げたのは単に手持ちのピッケルとアックスがこの2つだったからである。もちろんこれ以外にも様 々な形状のピッケル、アックス、あるいはバイルと呼ばれるものがあり、コンペ用にフッキングに特化した形状のアイスアックスや それぞれの中間形状のものま で多数のバリエーションがあることは知っているが、それぞれの形状の違いを考慮しはじめるとキリがないのでここで”ピッケル”、”アックス”と言うときは 主にこの2つをそれぞれ指していると思っていただきたい。なおRaven Ultraは軽量化を優先して典型的なストレートシャフトのピッケルと比べ石突きの形状が違っているがその使用目的の上で差はない。わたしの持っている Raven Ultraは旧型なのでこの図とは若干ヘッドの形状が違う。

打ち込み角を見て欲しい。ハンドル・ブレードの角度や形状がピッケルとアックスで大きく違っている。形状が異なるということはそれぞれ違った機能を目的と してデザインされているということだ。アイスアックスはハンドルに抜け止めのグリップエンドが付き、持ち替えに不可欠なフィンガーレストを備えている。ブ レード形状はフッキングに適し、かつトルキングも行えるだけの形状と強度を有している。一方、ピッケルのシャフト形状はアイスアックスと違いシャフトを掴 んでぶら下がる用途にはあきらかに適していない。というより、リーシュなしでピッケルにぶらさがるのは不可能に近い。ブレードの形状もそれに耐えうるよう な強度を有する形にはなっていない。
アイスアックスは ピッケルの用途をほとんどすべて代替できるが、逆は難しい。だから一概には言えないが、軽量であること、杖代わりにもなることを除けば ピッケルを携行するよりアックスを携行するほうが対応できる状況は広いとわたしは考える。しかしながらピッケルもブレード形状を大幅に修正することで、完 全ではないがアックスの機能を代用することもできなくはない。ピッケルをアックスの代わりとするためのチューニング法については後日書きたい。

ブレード各部の名称と断面


アイスアックスのブレード各部の名称についてはまだ一般的な呼称が定まっていないようである。それでは話が進まないのでここでは便宜的に上図のようにした。

ブレード断面はおおまかではあるがこのようになっている。ポイントの断面が三角形になっていることに注意。

ポイントの形状もさまざまあり、これも呼称が定まっていないようだが、特に不都合はないのでここでは名前をつけない。

一般的な刃物の研ぎ

アックスの研ぎ方の前に一般的な刃物の研ぎの考え方について述べておこう。

刃が鈍るというのはエッジの先端が磨耗して丸くなった状態である。「刃を研ぐ」というのは一般には丸くなったエッジの側面を削り取り、あらたな面を付け直すことを意味する。当然、削り取られた分ブレードは短く細くなる。
この「面を付け直す」というのが重要で、よく誤解されるように「全体を削り込む」わけではけしてない。

ベベル形状のことをナイフ用語でグラインドというが、グラインドの種類と研ぎによる減り方の違いを示した。
フ ラットグラインドは見た通りフラットなダブルベベルでほとんどの刃物はこのような形状になっている。ホローグラインドは食い込みに優れ、研ぎ量が少なく 切れ味を維持しやすいが、フラットグラインドに比べ強度と耐久性に劣る。コンベックス(凸状)グラインドはさらになだらかに仕上げると蛤刃(はまぐりば) と呼ばれる。強度と対衝撃性に優れ、刃欠けしにくいが、研ぎが難しく研ぎ量も多い。
上図のどのグラインドであってもエッジ角は一定になっている ことに注意。たんに角を落としてなだらかにするだけでは蛤刃の強靭性は得られず、むしろ耐久性 を落とすことになる。フラットグラインドに作られたブレードをホローにしたりコンベックスにしたりしようとするとかなり大幅に母材を消耗するのでこれも注 意が必要。アイスアックスにおいてどのようなグラインドを選択すべきかはその部分や求める目的によって異なる。

研ぎ出しと損耗による打ち込み角の変化


アイスアックスのブレード先端の形状と損耗箇所を示した。図で赤くなっているところが損耗しやすい箇所である。ブレードの背の部分(スウェッジ)は、一般的な用途ではほとんど摩耗しない。

摩耗と研ぎ出しによってブレード先端の形状はこのように変化する。
前述したように摩耗して研いだ分ブレードは短くなっていき、それにともなって打ち込み角もわずかながら変化する。そのため、非常にわずかではあるがそれぞれの部分で求められる角度も打ち込み角の変化に応じて変化するので注意が必要である。

やや極端だが、損耗と研ぎ出しを繰り返した結果、打ち込み角がどのように変化するのかを図にした。もちろんこれほど短くなるまでブレードを交換しないでいることは考えにくいことだが、打ち込み角がどのように推移するのか大まかに把握できると思う。

研ぎ方のポイント

  • 刺さりやすさ(貫通力)
  • かかりのよさ(保持力)
  • 抜けやすさ(抜刃性)
  • 刃持ちのよさ(耐久性)
注 意しなければならないのは、いくら「研ぎ」とはいえ母材を削る以上、耐久性が向上することはけしてないということだ。削り込めばそれだけ、削った 部分に関係する耐久性が減少することになる。また当然ながら「削る」ことはできても「戻す」ことはできない。である以上、削り込み量を最小限に抑えつつ最 大の結果を得ることが望ましい。
もうひとつ、貫通力や抜刃性ももちろん重要には違いないがアイスアックスの使用目的からいって、保持力を失ってしまっては意味がない。どんなに”ささり” や”抜け”が良いアックスでも”かかり”が悪ければ無用の長物でしかない。保持力を損ねるような削り込みも最小限に抑えるべきである。

目的に応じたチューニング

た だ闇雲に削っていても望んだ結果は得られない。先に挙げた4点のうちどれをどれだけ重視するのか、そのためにはどこをどう削ればいいのかを考えな がら削らなければならない。以下に挙げるのはけしてベストなチューニングとは言い切れないが、それぞれの目的に応じてどこを削るのが効果的かをそれぞれ考 えてみたい。

刺さりを良くするチューニング


刺 さりを良くするためにはできるだけ先端を尖らせた方が良いと思われがちだがそうではない。よく「ナイフのように」と書いてあるのを見かけるが、引いて切 る刃物と衝撃によって打ち込むアックスでは当然のことながら研ぎ方も違う。タガネやポンチを想像してもらえばわかると思うが、エッジ先端はナイフのように なっていなくても構わない。
だがより深く打ち込むためには打ち込み角との角度差および打ち込み断面積は低い方が望ましい。ここではポイント上部 角とスウェッジ角を下げ、ポイントベベ ル角をきつくすることで角度差を減らし、テーパー角をつけて打ち込み面積を下げている。しかし一方で、ポイントに角度をつけすぎると刃先の消耗が激しくな り耐久性は著しく低下する。下手をすると一撃で刃先が欠けてしまいかねないので注意が必要である。
図と矛盾するが、とくにポイントベベル角はこのように削り込まない方がいいだろう。むしろテーパー角をとることで対応すべきと思う。

かかりを良くするチューニング


か かりの良さに関係するのはもっぱらブレードの下面である。ブレード上面はほとんど関与しない。ここではポイント下部角を上げ、かえしを深くとることで抜 けにくさの向上を狙っている。そして増やすことはできなくともブレード断面下部の幅はできるだけ広くとることが望ましい。下図のようにブレード断面下部が 狭すぎたり下に向けて角度がついていると、荷重で氷に切れ込んでしまい保持できないのでくれぐれも削りすぎないように。

抜けを良くするチューニング


抜 けを良くする、というのが一番難しいだろうと思われる。抜けのいいアックスは、ともすれば外れやすく打ち込みにくいアックスにもなりかねない。ここでは ポイント上部角とポイントベベル角をきつくとり、スウェッジ全体を削り込むのとスウェッジのベベルを深くとることで上方向への可動域を増やし、ポイントを 中心に上方向へ回転するモーメントによって抜けやすくなることを期待している。かえしの角度を浅くしてブレード断面下部のエッジを丸めることでより抜けや すくはなるが、やりすぎれば必要な保持力も失ってしまうのでやりすぎないことが肝心かと思う。こればっかりは何度も試して調整していくしかない。

耐久性を落とさないためのチューニング

上で”削ることによって耐久性を高めることはできない”と書いたが、消耗をできるだけ防ぐために工夫できる部分もある。最後に耐久性についての基本的な考え方を示したい。
下図はブレードを上から見たときの断面の略図である。

変化がわかりやすいようにかなり簡略化と誇張をいれてあるが、図のAが標準のブレードを表している。
た とえば貫通力を高めるためにBのように削ったとしよう。このように鋭いポイントベベルでは岩などを叩いてしまったら一発で先端は潰れ、あっという間にブ レードが消耗することは目に見えている。耐久性の劣化を極力おさえつつ貫通力を高めるためにはCのようにテーパーを削って打ち込みによる断面積の増分を抑 える方が効果的と思われる。耐久性がもっとも高いのはDのようにダブルベベルにすることだ。Cより貫通力には劣るが、セカンドベベルの角度や幅を調整する ことでポイントベベル角を維持しつつ貫通力を高めることが可能だろう。前述のコンベックスグラインドに考え方としては近い。
逆にスウェッジ部分は損耗しにくく、氷に切れ込むことで抜刃性をたかめるのでホローグラインド気味に仕上げても耐久性をそれほど落とさない。
下部セレーションのかえしの溝部分も打ち込みによって損耗することがないため、削っても耐久性に影響をあたえず保持力を高めることができる部分である。
耐久性を落とさないようにするにはベベル角やグラインドの捉え方、損耗しやすい部分は削りすぎないようにすることが重要と思われる。

最後に

さ て、上に挙げた4つのポイントについて、それぞれ基本的なチューニングの考え方をご覧いただいた。上にあげたそれぞれの要素、たとえば貫通力と耐 久性、抜刃性と保持力のように相反する要素をそれぞれ伸ばすというようなチューニングはやはり難しいと言わざるを得ない。どちらかを伸ばせば、その分どち らかを削ることになるからである。アックスを削る上で、それぞれの要素のどれを重視するのか取捨選択をしなければならないだろう。
上記のチューニング法はあくまで考察として「どうすれば貫通力を、あるいは保持力や抜刃性を高めることができるのか」という私個人の考えを好き勝手に延べ たに過ぎず、なんら実証を伴っていないし、それぞれの効果について私自身保証するものではない。しかしながら「アイスアックスをどう削ればいいのか?」と いう疑問にたいして、「ここをこうすれば良い」といった具体的でまとまった記述が見当たらないため、力不足と無茶を承知で書かせていただいた。
アイスアックスの 研ぎ方・チューニング法についてはアイスクライミングの入門書を開いてもあいまいな記述に終始して要領を得ないことが多く、いまだ決まっ た方法論は確立していないように見受けられる。おそらくクライマーそれぞれが日々試行錯誤を繰り返していることかと思うが、これらの考察がわずかでもその 一助になれば幸いである。

<追記>

加工用の工具に関しては、中目か細目の半丸(甲丸)やすり一本で充分と思う。
ツボサン 鉄工ヤスリ 半丸 中目 200mm T-16
ツボサン 鉄工ヤスリ 半丸 中目 200mm T-16

これも100均の安いものでもかまわない。
電動工具を使う際は加工熱によって鈍りや歪みが生じる場合もあるので注意が必要。特に熱が通りやすい先端はかえって脆くなってしまうこともあり得る。
本格的な金属加工に関してはここで書くには長くなりすぎるうえ、そもそもわたしの力量の及ぶところではないので割愛させていただく。
アックス加工に関しては、山岸尚将氏の『教科書になかった登山術』にも詳しい。
教科書になかった登山術
教科書になかった登山術
posted at 2011.2.16
山岸 尚将
東京新聞出版局
売り上げランキング: 116269






内容の一部分については本エントリで批判的にとりあげた面もあるが、加工にあたって参考にさせていただいたことも多く、良書であると思う。

1 件のコメント:

  1. 非常に解り易いレポートありがとうございます!
    参考にさせてもらっています。

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